「住民がまちづくりをする」とよくいわれるが、これは、住民と行政が協働して行うまちづくりが、素晴らしい成果に結びつくという事で、住民が主体のコミュニティーや、ボランティアなどの地域活動によって行う、地域の特性を活かした個性豊かな街づくりが望ましいという意味と解されています。
また、まちづくりは、「まち」そのものの活気を取り戻すことが前提で、現実問題、近隣や遠方からも人が集まる仕掛けを作らなければなにも前進しません。即ち、人の集まる所に消費あり、消費があれば活気が蘇るのも事実で、最終的には「住んで良かったまち」、「住みたいまち」と自信を持って言えるようなまち。住んでいる市民が自分たちの地域やまちに誇りが持て、、来訪者からも「訪ねて良かったまち」、「もう一度訪ねたいまち」と評価されるような、そんな街づくりが理想の姿といえます。
そこで問題は、何によって人が集まる魅力を生み出していくかである。その為には「具体的にどのようなまちにしたいのか」、「するのか」を明確にして、その為のアクションプランを本音で話し合い実行することだといえる。
地域資源を再発見し、地域特性を考えながら、地域が今まで培ってきた知識や経験にさらに磨きをかけ、ターゲットや目標を具体的に設定しながら、まちづくりの中身を提案し魅力を作っていくことが求められる。
しかし、何をやるにも各主体が単独でやっては成功も難しく、行政や他の組織・団体が一定のコンセプトのもとに結集し、連携しながらその仕掛けづくりを工夫することが、成功・継続の重要な条件になります。
「戦略的」というのは、「長期的視野に立った複合思想で、目標を達成するため総合的な調整を行い力や資源を効率的に運用する事」で、その時には「過去をどう捨てるか、新しいものをどう取り入れていくか」という難しい判断も求められるが、次の3点の戦略要素のバランスが重要です。
上記のような一般的見地から佐倉のまちづくりについて以下に考えてみる。
多くの市民は「心のふるさと」として旧城下町の歴史的景観や建造物、文化遺産や史跡に、誇りを持って親しんでいる一方、その城下町がもっと元気であってほしいと願っているのも現実だと思います。
旧城下町地域の活性化が失われた経緯や原因は色々あったでしょう。しかし、地域住民が一体となって、魅力ある佐倉のまち復活の行動を起こすことができれば、以前のような勢いは無理であっても、新しい魅力のまちづくりの可能性はあると信じている。
幸い佐倉には魅力ある資源が多く存在し、「歴史・文化・自然」という地域の固有性と、地域住民が持っている「まちの誇りと意識」を尊重しながら、創造的なアイデアを発揮していくことによって道は開かれる事を信じている。
一方来訪者から、まちづくりに関する次のような言葉を多く耳にするのも事実です。
来訪者が「個々の施設に満足するが、その街にあまり感動しない」という場合、そこに何らかの原因があると考えるべきでしょう。 イベント時だけ来訪者が増えるのではなく、「訪ねて良かったまち」、「もう一度訪ねてみたいまち」と思われるような、即ち、リピーターが訪ねるまちにしていくためには、このような来訪者の声を重要な情報として考える必要がある。
しかしどんな分野でも「ナンバーワン」になるのは難しく、そう簡単になれるものでもありません。仮になってもそれを維持する事はさらに何倍もの困難がともない、ナンバーワンを目指すより、「オンリーワン」になる努力をすべきであるといわれます。他所の真似事ではなく、地域の特性を活かした個性を持ったまちづくり、他のまちでは出来得ないような、即ち「オンリーワン」です。
しかし今の時代で新しいコトやモノを造るのは難しく、今ある資源をどう生かすか、更に潜在的資源の再発見や、その再生・活用をどう魅力ある商品に造り上げていくかが重要であるといえる。
市民、市民活動団体、企業、行政のネットワークと連携によって、目標に向かって各主体が一体的に進める過程から道は開かれ、市民協働事業もこの「活かす、創造する」を実践していく中で発展していくものと考えている。
今あちこちで博物館の人気が高い理由として挙げられているのは、
これらのことから、まちづくりには「文化の振興」が大きなヒントになり、文化の振興なくしてはまちづくりの成功はないとも言える。
ヨーロッパ、特にドイツなどの地方都市を巡ると、どんなに小さな街にも、必ず「郷土歴史博物館(資料館など名称は様々)」があって、その街の生い立ちや歴史、生活文化、伝承文化、地域の特性、地域産業等々が、ジャンル別に資料や模型をふんだんに使って展示されているのが目につきます。そこでは地j元の子供たちが、先人たちの苦難の時代の上に現在の豊かな生活や平和が成り立っていることを郷土の歴史から学んでおり、皆が小さな意見発表をやっている姿に出会います。これなどは、まちづくりの一つの良いヒントになる事例ではないでしょうか。
≪2009年12月 福山≫